合唱は虹色Ⅶ

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平松混声合唱団 Official Web Site

ポピュラー音楽への想い

様々なコンサートが毎日どこかで行われている。特に東京ではクラシックからポピュラーを含めると、一日だけでも相当な数になる。コンサートに行くとよく受付で袋詰めにしたチラシをどっさりくれる。荷物になるので一通り目を通して捨てて帰ることもあるが、めぼしいチラシがあると、そのコンサートに出かけていく。普通はこのように興味、関心のある又は好みの演奏家や楽団(合唱団)などの演奏会にお金を払って行くわけだから、ほとんどは満足して帰ってくる。時には義理で行かなければならない場合もある。そんな時はじっと我慢の子である。後で感想を聞かれて言葉に困ってしまう。日本人は律儀なので、どんな演奏を聴いても一応に拍手をするが、私は演奏者のためにも習慣で拍手をするのは反対である。

たしかあれは、私が中学生の頃だったと思う。当時アメリカのビルボード誌の上位にランクされていた 人気歌手の歌を夢中で聴いていたのは。「ダイアナ」 や最近では「マイウェイ」で有名なポール・アンカ、「恋の片道切符」などのヒット曲がある、ニール・セダ カである。彼らの新譜がでると、我先にとレコード 店に、ドーナツ盤のレコードを買いに行った。ポール・ アンカの少しかすれたセクシーな声と、高音で透明な美声のニール・セダカの歌に合わせて、一人悦に 入り歌っていたものだった。未だにこれらの歌は暗譜している。

やがてクラリネットを専攻し、音大に入学したにもかかわらず、今度はアメリカンフォークソングにのめり込み、ブラザースフォア、PPM、キ ングストントリオなどのグループに憧れ、ギターを買い求め必死に練習をして、高校時代の友達 4 人とグループを組み、いろいろな所で歌っていた。その当時は今のように楽譜が出版されていなかったので、ギターコードと歌はレコードからのコピーだった。

大学を卒業し演奏活動をしていた時もクラシック音楽だけにとどまらず、クラリネットとアルトサックス を両手に、ジャズ、ラテン、ポップスと頼まれれば、 どこへでも演奏しに行った。これらの体験は、私の音楽人生の中で非常にプラスになっている。

今までに平混のコンサートには、合唱の基本である宗教音楽を始め、著名なヨーロッパの作曲家の作品や邦人作品のみならず、ポップス、映画音楽、 歌謡曲に至るまで、幅広いジャンルを歌ってきた。 最近とりわけポピュラー音楽に力を入れている。それは松田聖子が歌った「瑠璃色の地球」を平混は よくアンコール曲に歌っているが、地球平和を歌ったスケールの大きな内容の歌で、合唱で歌うとその広がりが一層深く表現され、お客様に大変喜んで頂いている。

このように日本のポップスを合唱で歌うことにより、ソロでは味わえない人の声の重なりにより、色彩感も増し聴き手に一層の感動をメッ セージできると思った。またこれらの作品には、人生のあらゆる出来事それに伴う感情がストレートに 描かれていて我々にも素直に共感できる。そして日本の良き時代を彷彿させる日本人の心もうたわれている。

5枚目のアルバム「時代」はそんな日本のポップス、 歌謡曲の中で、長年歌い継がれてきた、また歌い継がれるであろう名曲をセレクトした。このCDは平混としても、おそらく日本のその他の合唱CDでも類をみない初めてのこころみであり、私のボピュラー音楽に対する熱い気持ちを一枚のアルバムにしたいという思いからであった。しかし、それはかなりの冒険でもあった。なぜなら、それらの作品には、その歌手の個性、メッセージ、想い(フィーリング)が込められていて、一つの世界が構成されているからである。それぞれの歌手の歌(個性)から一度離れて、その作品の詩とメロディーとに真っ直ぐに向かい合い、平混なりにメッセージできたらと思う。

「優しき歌」との出会い

半世紀以上という時間、空間を超えて、今もなお新鮮で慕わしい、立原道造の詩。立原文学の内蔵する永遠の青春性は、若い人たちの大きな魅力の一つだと言えよう。その詩に作曲された合唱曲は数多い。私がその作品を取り上げるきっかけとなったのは、昭和55年に

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平混30年で思うこと

昭和50年代から60年代にかけて、私が指導していた都立八潮高校は、NHK、全日本コンクールで全国レベルにあった。毎年3年生とのコンクールにかける想いは熱かった。その年の3年生との結びつきが、演奏に反映するからだ。その結びつきが強ければ強いほど、

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コンクールに出場して思うこと

最近私立中学高校生のコーラス部を指導している。毎年NHKコンクールに出場しているので、指導をして欲しいと言うのだ。しかし今さらコンクールと言われても、もう私にとっては過去の思い出になってしまっている。たしかに今までに15年以上コンクールに出場し、

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演奏の緊張と喜び

様々なコンサートが毎日どこかで行われている。特に東京ではクラシックからポピュラーを含めると、一日だけでも相当な数になる。コンサートに行くとよく受付で袋詰めにしたチラシをどっさりくれる。荷物になるので一通り目を通して捨てて帰ることもあるが、めぼしい

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ポピュラー音楽への想い

たしかあれは、私が中学生の頃だったと思う。当時アメリカのビルボード誌の上位にランクされていた人気歌手の歌を夢中で聴いていたのは。「ダイアナ」 や最近では「マイウェイ」で有名なポール・アンカ、「恋の片道切符」などのヒット曲がある、ニール・セダカであ

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コンクール雑感

今年もNHK全国学校音楽コンクールが終わった。今年で72回と言うから、その歴史は古い。私も15年以上コンクールに出場してきたが、中学・高校生の純粋な心、無限の可能性に触れ、多くのことを学ばせてもらった。そして、沢山の財産と想い出を得ることができた。生徒と

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音楽に流れる命の輝き

私は世田谷区に住んでいるが、ちょうど家の前が区立中学校で、朝ねむい目をこすりながら家を飛び出すと、その中学校から合唱が響いてきた。「あ、そうか校内合唱コンクールの季節で、朝早くからがんばって練習しているのだ」何か嬉しくなり、私も頑張らなければと、

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合唱とメッセージ 

表現するということは、どういうことなのだろう。
演奏する人は、その作品に共感し、その上創造性を膨らませて、自分の思い、気持ちを演奏を通して、聴き手に 伝える。その気持ちがメッセージとして伝わったとき、初めて表現は成立するのである。つまり

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私の心を動かした人達

長年演奏の仕事をしていると、自分の演奏への考え方、表現がかなり
その時々によって変化していることに気づく。それは、すぐれた演奏に出会ったり、いろいろな人達との出会いにより、その影響を受けて変わってきているのだと思う。

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私の考える合唱とは

私の考える合唱とは、ベートーベンの第九の 「合唱」のような大合唱ではない。せめて20人前後の訓練された歌い 手が、すべてのジャンルの曲を歌い分けるという、小回りのきく合唱である。合唱というと大人数ではないと満足しない人が多いが、合唱は人数さえ集まれば、

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クラリネット、そして歌。

私は高一の夏からクラリネットを習い始めた。それまではクラリネットという実物の楽器を見たことも触ったこともなかった。それなのに、なぜ興味を持ったのか。それは、あのすばらしい音がたまらなく好きだったからだ。気品があり、まろやかでやさしく、奥深い。その

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